篠山市
徳川家康により西国の見張りとして築城されたのが篠山城。多紀連山に囲まれた盆地の篠山が歴史の重要拠点となるのは関ヶ原の合戦の直後である。勝利した徳川家康は大坂城を本拠とする豊臣政権を包囲する城のひとつとして、また豊臣家の影響力を持った西国大名との抑えとして、篠山城を築城した。城主に家康が実子の松平康重を充てたことからも、この地の戦略的な重要性がわかるだろう。築城は、縄張の名手といわれた藤堂高虎による堅固なもので、わずか半年で完成にこぎ着けたと伝えられている。現在はニの丸に復元された篠山城大書院があるが、これは迫力があり見応えのあるもの。元々は1609年(慶長14年)の築城と同時に建てられたが1944年に焼失。大書院は、それを忠実に復元したもの。なお、篠山城にはそもそも天守閣が築かれていない。
藩政時代には能が盛んになり、春日神社には能楽堂が残っており、今も奉納されている。
現在の篠山市は、1999年に多紀郡の四町が合併して誕生した市。
デカンショ節はこの篠山が発祥の地で、八月にはデカンショ祭が開催されている。
兵庫県の小京都・篠山市の観光ポイント
- 江戸時代からの「城下町」
- 時代を超えて「武家屋敷」が残る
- 名刹の「お寺」がある
- 京都ゆかりの「寺院」がある
- 京都の影響を受けた伝統の「お祭り」が今も続く
- 町人文化が息づく
地域情報
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